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第31回「藤本賞」授賞式

2012年6月15日

第31回藤本賞授賞者の皆さん

<上段左から、梅川治男プロデューサー、依田巽プロデューサー、
下段左から、須藤泰司プロデューサー、新藤次郎プロデューサー、是枝裕和プロデューサー>

生涯を映画に捧げ、277本もの作品を世に送り出した名プロデューサー、藤本真澄氏の功績を讃え、日本で唯一、プロデューサーを顕彰する藤本賞の第31回授賞式が、6月15日、東京・有楽町の東京會舘にて行われました。

今年の授賞式では、先日、御年100歳にて亡くなられた新藤兼人監督の次男で、遺作「一枚のハガキ」の製作を支えた新藤次郎プロデューサーに藤本賞、ベネチア国際映画祭などで大反響を巻き起こした「ヒミズ」の依田巽プロデューサーと梅川治男プロデューサーに特別賞、余命宣告をされた父の最期の日々を綴ったドキュメンタリー「エンディングノート」の是枝裕和プロデューサーに奨励賞、原作に惚れこみ10数年かけて映画化を実現させた「探偵はBARにいる」の須藤泰司プロデューサーに新人賞が贈られました。その授賞式の模様をレポートいたします。

総評

白井佳夫さん(選考委員)

藤本賞も31回を迎えました。第1回から選考委員をやっておりますのは、松岡(功)会長と私だけということになりました。特に今年嬉しいのは、4つの賞ともプロデューサーに差し上げることができたということです。プロデューサーの功績を讃える藤本賞なんですけれども、ここ数年、監督もプロデュースを兼ねているということで、監督に差し上げることが多かったんです。今年は本当の意味でプロデューサーの方に賞をあげることができたというのは、とても良いことだという気がいたします。

「一枚のハガキ」で藤本賞を受賞されました新藤次郎さんは、父上の新藤兼人監督の作品だけではなく、近代映画協会という現在も存続している日本で一番古いプロダクションを運営されています。そして、娘さんの新藤風さんと新藤兼人監督の身辺ケアを行い、万全の形で新藤兼人監督最後の作品を製作なさいました。この賞を選考する頃は、新藤兼人監督はまだお元気だったんです。その後お亡くなりになって、表彰状を書き換えました。

藤本賞・特別賞は、依田巽さんと梅川治男さんが受賞なさいました。園子温監督の「ヒミズ」という、最近の日本で一番エネルギッシュな監督が作った作品なんですけれども、今までインディペンデントで作ってきたこの監督の作品がギャガと組むことになって、一つスケールアップしたような気がいたしました。その証明として、ベネチア国際映画祭で、染谷将太さんと二階堂ふみさんという若い二人が、新人賞を得られたことが何よりの証拠だという気がします。そして、本日特別賞を受賞されたことは、今後の日本映画界のいろいろな賞の選考に面白い影響をもたらしてくれるのではないかという気がしております。ギャガのトップでおられる依田さんが、国際的にも通用する映画を監督・製作なさり、東日本大震災の後にはシナリオの書き換えなどでだいぶ大変だったようです。また、梅川さんは現場の製作ケアをされ、お二人の受賞でございます。

藤本賞・奨励賞の是枝裕和さんは、監督として良い映画をたくさん作っていらっしゃいますけれども、本来はテレビのドキュメンタリーから出た方ですね。したがって、是枝さんの助監督だった女性たちは、何人も面白い日本映画を作り始めております。この「エンディングノート」を作った砂田麻美という方は特に面白い方だという気がしております。高度経済成長を経て会社の役員にまでなった方が退職してガンになり、半年後に亡くなった。これを娘である砂田さんがドキュメンタリーとして映画にした訳ですね。日本のドキュメンタリーの作り方でいくと、暗くなっちゃって、最後は日本の将来はダメだなということになることが多いんですけれども、この作品が非常に面白いのは、すべてを計画してやっていくお父さんの姿を、娘さんの監督がプライベートな写真や映像を駆使しながら描いていくんです。実は是枝監督は「プライベートなことはパブリックな記録にはならない」というお考えをお持ちだったようなんですけれども、これは誠にプライベートなお父さんの姿を娘の監督が凝視して描いた。そこからある時代の日本人の姿が浮かび上がってくる。しかも、観終った後には人間に対する希望を持たせる。非常に面白い映画に仕上がりました。それを高く評価いたしました。

藤本賞・新人賞の須藤泰司さんは、「探偵はBARにいる」という非常に面白い映画を製作されました。それも、この原作を映画化したいということで、何年も企画を温めたそうです。だいたいアメリカのハードボイルド小説から出てきた探偵の映画を日本で作るというのは非常に難しいんですね。しかし、北海道に舞台を置くことによって非常に面白い映画になりました。この賞の源になっております藤本真澄さんという方は、私が36歳でキネマ旬報という雑誌の編集長をやっていた頃に大変可愛がってもらいました。その時に藤本さんが言ったことは、こういうことでした。「白井くんよ、映画というのは、芸術的な大作や商業的な大作がヒットしなきゃならないのはもちろんだが、根幹となるのは誰もが観て面白いエンターテイメントをちゃんと映像的に作らなきゃいけないんだよ。そういう人を育てるのがプロデューサーの役割だ」。それをこの「探偵はBARにいる」で、須藤泰司さんがおやりになったという気がいたします。

どの作品もかなり深い内容を持っていながら、エンターテイメントとして見ても非常に感動的で、観終った後で生きる希望を持って映画館から出られます。しかもどれもが興行的に良い成績を達成しました。これは素晴らしいことだと思います。難しい日本社会、映画界の中で、良い映画を製作している関係者に会うと、私のような半世紀にわたって映画評論家をやっている人間としては、頭の上に星が輝くような嬉しさです。心から今日の受賞者の方々に「ありがとうございました」と申し上げたいです。

受賞のコメント

新藤次郎プロデューサー

藤本賞(「一枚のハガキ」の製作に対して)

私はインディペンデントのプロデュースをずっとやっているので、あまり映画を挟んで人様に褒めていただいた経験がなく、とっても恥ずかしい気持ちです。藤本賞の歴代の受賞者の方を作品と共に観ると、どれもこれも大ヒット作ばかりで、「一枚のハガキ」がここに載っていていいのかしらと、ちょっと心配になりました。もう一つ、近代映画協会を選考理由に挙げていただいたことを、熱く受け止めております。インディペンデントは、今に始まったことではなく、近代映画協会の設立当初からずっと厳しい状況です。しかし、こうしてこの作品を評価していただいて、またプロデューサーとして藤本さんの名前の入った賞をいただけるということは、本当に感激です。「これ以上上はないので、あとは下がるばかりかな」ということさえ感じます。また、新藤兼人には、生前に「藤本賞をいただくことになりました」と報告しました。(新藤兼人監督は)その時は「ああ、そうか」という感じだったんですけれども、たぶん「俺の作品のおかげでお前はもらえたんだろう」と言っているような気がします。事実そうですし、この賞が生前に間に合わなかったのはちょっと残念ですが、じっくり報告をしたいなと思います。
依田巽プロデューサー

藤本賞・特別賞(「ヒミズ」の製作に対して)

この映画を作ろうと話を持ち込んでいただきました園子温監督に心から御礼を申し上げます。この賞をプロデューサーとしていただいたというのは私にとっては想定外です。最初にして最後になるかもしれないこのように素晴らしい賞は、私どもギャガすべての社員に対する激励だと思っております。もちろん私どもは洋画の配給、宣伝が専門ですが、「この作品は」というものがあれば、製作にも関わりたいと思っております。しかし、なにはともあれ洋画をもっと発展させなければならないと思っておりますので、国内から海外に、海外から国内にと、これからも協力していただきたいと思います。
梅川治男プロデューサー

藤本賞・特別賞(「ヒミズ」の製作に対して)

私は日頃は比較的、裏で地道に働いていることが多くて、このように大勢の皆様の前でしゃべる機会もあまりありません。そのような影の部分にスポットライトを当てていただき、評価していただけたということを、大変嬉しく思っております。奇しくも私が初めて参加した映画が1986年東宝配給作品の「幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬」で、制作進行をやりました。その際にプロデューサーのいろはを教えてくれた故・道祖土健プロデューサーに感謝したいと思います。次に、1990年「バタアシ金魚」以降、プロデュースしたすべての作品の監督、原作者、脚本家、スタッフ、キャスト、配給、興行、宣伝、そして惜しげもなくアドバイスをいただいた先輩プロデューサーたちに感謝したいと思います。そして最後に、苦楽を共にしながらもかなり激しいバトルをさせていただいた、園子温監督と「ヒミズ」のすべての関係者の皆様に感謝したいと思います。今後はこの賞を励みに「ヒミズ」以上に挑戦的かつエンターテイメントな作品を作りたいと思います。
是枝裕和プロデューサー

藤本賞・奨励賞(「エンディングノート」の製作に対して)

最初に白井さんから「今回はプロデューサーに全部の賞を与えられて良かった」というご挨拶があったんですけれども、僕はあくまで監督なものですから、受賞を知らせるお電話があった時も、とても光栄ではあったんですけれども、正直居心地の悪さがありまして、僕がもらっていいのだろうかと思っております(会場笑)。次は自分の監督作品を興行的にヒットさせて、プロデューサーを連れてきてやろうと密かに思っております(会場笑)。今回の作品に関して言えば、砂田監督が僕のところに作品を持ってきた段階でもうほぼエンターテイメントとしてできあがっておりましたので、僕としては自分の人脈の中から信頼のできる方たちを引き入れて作品を公開まで誘導しただけです。つまり、これは砂田監督が持っている作家性がエンターテイメントを内包していたということだと思っています。きっとこの作品が、彼女が商業映画の監督として羽ばたいていく一本目になると期待していますので、また次回作以降注目していただきたいなと思っております。プロデューサーとしてはありがたい賞をいただいて感謝しておりますし、僕の依頼に快く応えてくださいました皆様に心より感謝申し上げます。
須藤泰司プロデューサー

藤本賞・新人賞(「探偵はBARにいる」の製作に対して)

この映画には製作中にいくつかのクライマックスがありました。もちろんその中には東日本大震災のこともありましたが、僕としての最大のクライマックスは弊社(東映)社長・岡田裕介が参加した、社内での試写でして、二人で観ることになりました。岡田がこの作品にGOサインを出してくれたものですから、試写が終わった後には、当然「よく頑張った」という言葉が出てくるんじゃないかと思っておりました。すると、振り向きざまに「お前、これ大丈夫なのか」と言われまして、「いや、でも待てよ。この言葉はそう言っておいて、『まあ、でもよくやった』というオチになるのかな」と思って待っておりましたら、30分ぐらい経ってもずっとシナリオの穴などを指摘され、(岡田社長は)そのまま何も言わず行ってしまいました(会場笑)。それで、「これはどうしたことだろう。マズイな」と思いましたが、その後なんとかパート2を製作できるぐらいヒットしまして、最終的に藤本賞という大変な賞をいただくことになりました。人生何が起こるか分からないなと思っております(会場笑)。この映画が皆さんに受け入れられたのは、映画らしい映画だということではないかと思っております。今はたくさんの優秀なクリエイターの方たちがいますが、その中でヘタでも映画らしい映画を作っていきたいと思っております。

乾杯の挨拶

襟川クロさん(選考委員)

いつも試写室で映画をたくさん観ています。ラジオやテレビ、新聞で仕事をしています私ですが、今年で30年を超えました。そうしたら、31回を迎える藤本賞の選考委員にということで、人生って分からないものだなと思っております。正直、プロデューサーやスタッフサイドの映画のクレジットはそれまで見ていませんでした。まさか選考委員になり、スタッフのクレジットを一生懸命メモするようになるとは思いませんでした。選考委員デビューというのは、大変だけれども、新たな映画の見方を教えてくれました。とても素敵な役目なんだなと思いました。そして、その中でも良い映画との出会いのきっかけを作ってくださいました、本日受賞された皆様には、感謝申し上げます。今年は夏にオリンピックがあるのですが、そのオリンピックの熱にも負けないよう、映画業界にさらなる元気とパワーを与えてほしいと思います。